「社会に出たら理科は必要ないと思う」――先日報じられた記事によると、
このように考えている高校生の割合は、日本・米国・中国・韓国の4か国の中で
日本が最も高いことが明らかになりました。
<「社会に出たら理科は不要」…日本の高校生が最多、日米中韓の4か国比較で「理科離れ」深刻>
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20250703-OYT1T50224/
これは一見「理科軽視」として捉えられがちで、
「もっと理科の興味喚起をしないと」という切り口で論じる声は多いようですが、
実はもっと根深い問題が潜んでいるように感じます。
現代の子どもたちは「社会で使わない=自分に関係ないことは学ぶ意味がない」と
感じる傾向が強くなっているという点です。
こうした傾向を教育心理学では「自己関連性バイアス」と呼ぶことがあります。
自分にとって直接的な意味があると感じる情報のみを重視する心理傾向のことです。
現代の子どもたちは、膨大な情報の中から
「自分に関係あるかどうか」を判断基準に情報を選別しています。
SNSやスマートフォンによる情報消費の習慣とも深く関係していると言えるでしょう。
つまり、理科に限らず、「国語」「社会」「数学」「英語」であっても、
「自分に関係ない」と判断されれば、学びの意欲は途端に下がるのです。
これはもはや「科目不要論」というより、「自己関連性の低いものに価値を見出さない」という
情報時代特有の価値観の表れと言えるのではないでしょうか。
こうした時代において、私たち個別指導塾が果たすべき役割は単純ではありません。
よくある対応としては、「理科も将来こんなふうに役に立つよ」と
実用性や職業とのつながりを示す手法があります。
もちろん一定の効果はあるでしょうが、それだけでは
「納得できなかったのでやはり学ばない」という姿勢を助長してしまいかねません。
OECDが実施しているPISA(学習到達度調査)でも、日本の子どもたちは
「課題に対して内発的な動機をもって取り組む傾向が弱い」とされています。
「これは将来の自分に役立つ」と感じられる場面以外では、
知識の吸収や探究に熱意を示しにくいのです。
ここで個別指導塾が問い直すべきなのは、
「学ぶことの価値をどのように伝えるか」という教育理念そのものだと思います。
学習とは本来、自分に関係ないと思えることをも受け入れ、
いやむしろ、関係ないものほど取り入れていき、それを通じて視野を広げ、
自分の外にある世界と出会うための行為です。
例えば、ある生徒さんが「化学式なんて人生に関係ない」と言ったとします。
ここで「いや、化学者になるかもしれないし、必要だよ」と返すのではなく、
「君が『関係ない』と感じた理由は何だろう?」と問い直してみるのはいかがでしょうか。
あるいは、「関係ないと感じるものを、どうすれば関係あるものに変えられるだろうか?」と
一緒に考えてみるのもよいと思います。
こうした対話ができる場であれば、学ぶことの意味そのものが深まるはずです。
また、教育社会学の観点では「隠されたカリキュラム」という概念があります。
これは、学校や教育現場で公式には教えられないものの、
自然と身につく価値観や態度のことです。
「社会に出たら使わないことは学ばなくてよい」という考えは、
試験や進学指導の構造の中で、暗黙のうちに刷り込まれた
「隠されたカリキュラム」である可能性があります。
逆に言えば「必要ないことも学びたい」と思えるマインドも、
「隠されたカリキュラム」として育むことができるはずです。
個別指導塾では、こうした「見えない価値観」に対して意識的になる必要があります。
では、具体的にどのような方針を塾経営に取り入れればよいのでしょうか。
一つは、「興味がないことに向き合う力を育てる」ことを、指導方針の一つに据えることです。
生徒の関心に応じることも大切ですが、それと同時に、
「今はピンとこないけど、将来の自分が出会う可能性のある世界」として提示してみましょう。
実際、ほとんどの大人(社会人)が、子どものころに興味を抱いた職業に就いているか、
あるいは子どものころに重視した価値観のまま生きているかと言えば、そうではないはず。
(もちろん、一貫して子どものころからの夢を追いかけている人もいるでしょうが)
つまり長い人生の中で、思いがけずどこかで何かに出会い、道を見つけているのです。
こうした「未来の自分への投資」としての学びを、
今の自分に少しずつ結びつける支援が大切だと思います。
もう一つは、指導内容の中に「答えのない問い」を意図的に組み込むことです。
例えば理科の内容を使って、「この現象はなぜ起きたのだと思う?」といった
自由な仮説を考えさせる時間を設けるのはどうでしょう。
正解を当てることではなく、問いを持つ力を伸ばすことに重きを置いた設計です。
これにより、自己関連性バイアスの外側に出る体験が生まれます。
小規模の個別指導塾は、大手塾に比べて指導の自由度が高く、
生徒さん一人ひとりとの関係性を濃密に築ける強みがあります。
生徒さんが「これは自分に関係ない」と感じるような知識や経験を、
「実は意外と面白い」と感じられる瞬間に変えるには、
こうした丁寧な対話と設計が不可欠ではないでしょうか。
理科が必要かどうかという問いは、
実は「学ぶこととは何か」「自分と無関係な世界にどう向き合うか」という、
もっと根源的な問いを私たちに投げかけてくれています。
私たち塾経営者は、それに真正面から向き合い、
子どもたちの「世界の広げ方」を伝える場としての価値を見出したいものですね。
【今回のまとめ】
・「理科不要論」を単なる教科不要論で考えない
・興味の外側にあるものにどれだけ意識を向けられるかのアプローチを