【Vol.930(2025.08.22)】合格を、「結果」ではなく「プロセス」として再定義する発想を

大手予備校の駿台さんが「(自校の実績として)合格者数の公表をやめる」というニュースが、
業界に大きな衝撃を与えています。

<駿台予備校、大学合格者数の公表を終了 「数字が形骸化、意味なく」>
https://www.asahi.com/articles/AST812FVYT81UTIL01HM.html

これまで受験産業の象徴として語られてきた「合格者数」という指標が、
自らの判断で打ち切られるのは極めて異例です。

背景には、いわゆる予備校界の“数字のマジック”として
「各予備校の合格者数を合計すると、なぜかその大学の入学定員を超える」といった
「数字が形骸化している」という問題意識があります。

要は、掛け持ちしている受験生が多く、何をもって自校の生徒・実績とするのか、
各予備校の間で定義が分かれているため、カウントが重複してしまうからです。

塾業界では、(公社)全国学習塾協会さんなどが推進する「合格実績自主基準」に基づき、
ガイドラインに沿って節度ある実績公表に努める動きがあります。

<合格実績自主基準の変更について>
https://jja.or.jp/9771/association/

また、個人的な教育理念から、合格者数を公表しない塾経営者さんもいらっしゃいます。

そこで今回は「合格」とは誰の成果なのかという視点で、
原点に帰って一緒に考えてみませんか?

ただし、合格者数の公表をするか否かや、その基準などには、
それぞれの価値観や考えがあるものです。

したがって、それらを否定するものではなく、
あくまで一つの視点として考える機会にできればと思います。

さて、そもそも合格は誰の「手柄」なのでしょうか。

言うまでもなく、合格の主役はあくまで生徒本人です。
塾はその努力を支える役割を果たしているにすぎません。

教育心理学者・バンデューラが提唱した「自己効力感」の理論でも、
自分の力でやり遂げたという感覚が学習意欲を持続させることが分かっています。

しかし「合格者数○○名」と打ち出すと、
どうしても塾が成果を独占している印象を与えてしまいますよね。

もちろん広報戦略として数字を示すこと自体に一定の効果はありますが、
それだけに依存する姿勢は教育的観点から見ても慎重に考える必要があります。

教育研究の分野では、学習成果は「アウトカム(結果)」と「プロセス(過程)」の
双方で評価されるべきだと指摘されています。

成果だけを追うと短期的な点数は上がっても、
学習習慣や自己調整力の定着にはつながらない場合があるからです。

その点、個別指導塾は一人ひとりの学習過程に寄り添える指導モデルになっています。

日々の振り返りや、勉強に取り組む姿勢の変化、家庭での生活リズムの改善といった部分は
数字に現れにくいものの、教育的には非常に重要な成果です。

合格というアウトカムを「実績」としてとらえ、これらを積極的に発信するばかりでなく、
プロセスの成果(変化)を売りにすることも十分できるのではないでしょうか。

例えば、よくある「合格体験記」などのレポートもよいですが、
「成長体験記」として生徒さんの声をまとめて発信するのはどうでしょう?

「前より集中力が続くようになった」「家庭で勉強する習慣ができた」などの
具体的変化やそれに対する実感などを語ってもらうのです。

保護者さんにとっては、合格校の偏差値よりも、日常の成長のほうが共感を呼びやすく、
信頼感の醸成にもつながっています。

また、ある研究では、「プロセスに焦点を当てたフィードバック」が
学習意欲を高める効果を持つと報告されています。

単に「合格した」という結果だけを示すより、
「どんな壁を乗り越え、どのように努力を続けたか」を共有するほうが、
生徒さんにとっても保護者さんにとっても価値が高いのです。

確かに、私たち中小の個別指導塾が 大手予備校さんのように
膨大で圧倒的な合格者数を誇ることは難しいかもしれません。

しかし、中小だからこそ「生徒さん一人ひとりの物語」を
丁寧に拾い上げられる」という強みがあります。

例えば、

・月ごとに「学習姿勢の変化」を可視化したレポートを発行する
・保護者会では点数以外に「学習への主体性」をフィードバックする
・卒塾生の進学後の生活や挑戦を紹介する

といった取り組み、合格実績とは別の形で信頼を積み重ねる手段になるでしょう。

もちろん「数字」を完全に否定する必要はありません。
分かりやすさという点で、依然として強い訴求力を持っています。

重要なのは数字を無条件に悪者にしてしまうのではなく、
「数字を物語で補強する」視点ではないでしょうか。

「今年○名が○○高校(大学)に合格しました」という事実に加え、
「この生徒さんは苦手科目を克服するために、毎日30分の小テストに挑戦した」といった
背景を語ることで、情報は一気に厚みを増します。

それは単なる宣伝ではなく、教育理念を社会に示すメッセージとなるはずです。

もちろん、今後も合格実績を公表していくのも経営判断としてアリでしょう。

もし貴塾でもそうするのであれば、「なぜ、何のため、誰のために公表するのか」を自覚し、
明確な信念や目的をのもとで公表するのがよいと思います。

駿台さんが数字の公表をやめた背景には、
教育の本質を問い直そうとする心意気が読み取れます。

私たち個別指導塾もまた、合格という「結果」だけではなく、
そこに至る「プロセス」をどう伝えるかを考えてみませんか?

合格は一つの到達点でありながら、同時に次のスタートでもあります。

その過程を丁寧に記録し、広く共有することこそが、
塾の存在意義を社会に示す最良の方法になるはずです。

【今回のまとめ】
・合格とは「誰の成果」なのかを改めて意識する
・プロセスに視点を当てたアピールも考えてみよう

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安多 秀司のアバター 安多 秀司 株式会社リアル・パートナーズ代表

大学卒業後、京都・滋賀・大阪・兵庫等に教室を持つ「成基の個別教育ゴールフリー」に入社。
最年少教室長として、川西教室(兵庫県)で3年間務める。その後、「スタンダード家庭教師サービス」を運営する株式会社スタンダードカンパニーに入社。「個別指導塾スタンダード」の立ち上げに尽力し、事業責任者として30数教室の 新規展開を行う。
その後独立し、平成20年7月「個別教育フォレスト」を設立。開校1ヶ月で35名の入会があり、わずか1ヶ月で損益分岐点を超える。現在はキャンセル待ちの塾として地域No.1の個別指導塾を運営している。
今でも現場主義を貫き、常に通塾中の顧客に対して満足度を高める工夫を実践している。

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