ここのところ、ちょくちょく目にしていたのが、
小学校の「算数」と中学校の「数学」という教科名を
統一する議論が出ているというニュースです。
<「え、小学校の算数が数学に変わるの?」小中で名称統一の議論が始まっています>
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a70f9f12c108bd348ac4274397c8aab554b88810
記事にもあるように、この背景には
「算数と数学を別の教科だと感じてしまう子どもが多い」という問題意識があります。
小学校では算数が得意だったのに、中学校に入った途端に数学が苦手になる子は、
塾の現場でも、よく見てきたケースではないでしょうか。
確かに、算数から数学になることで内容が難化するのは事実でしょう。
例えば、算数は日常の具体的な題材で考えるのに対し、
数学は抽象化が進むから難しくなると言われたりしますよね。
例えばリンゴが〇個ありますとか、おつりは何円ですかとか言っていたのが、
「点P」とかいう、秒速〇cmで動く謎の点で考えなければいけなくなります。
方程式や関数が登場し、考え方のレベルも一段上がります。
しかし、内容の難化だけが原因なら、
算数が得意だった子の多くが同じようにつまずくはずですが、実際にはそうではありません。
問題なく適応する子や、ますます好きになる子もいます。
そこでこの議論は、算数と数学という名前の違いが、
子どもに「別の科目になった」という印象を与えているのではないかという
心理的断絶にも目を向けてスタートしているのだそうです。
これを塾経営に当てはめて考えてみましょう。
先述したように、小学生のころは問題なく解けていたのに、
中学に入ると自信を失うケースはよくあります。
いわゆる「中1ショック」です。
ここでもやはり、原因として内容の難化に原因を求めてしまいがちですが、
今回の論点のように、学習者(生徒さん)の自己認識にも原因があるとしたらどうでしょう。
教育心理学では、自分の能力をどう認識しているかが
学習成果に大きく影響することが知られています。
生徒さんが「自分はこの科目が得意だ」「自分には向いていない」といった印象を抱くと、
その後の努力量や挑戦の姿勢が大きく変わるというケースですね。
すると、仮に生徒さんが「算数はできたけれど、数学は苦手だ」と感じた瞬間、
そこに一つの心理的な壁が生まれます。
内容の難しさ以上に、その自己認識が学習行動を変えてしまうのです。
ここで少し、私たち塾の立場を振り返ってみましょう。
塾の講座名として「中学数学準備講座」「中学数学先取りコース」などと銘打ったサービスは
多くの塾で見かけると思います。
もちろん分かりやすい表現ですし、実務としては合理的で悪くありません。
ただ、これを子どもの立場から見れば、
「算数と数学は別の教科である」「数学になると格段に難しくなるぞ」という
メッセージにもなり得ます。
そんなつもりはないとしても、
結果として数学が苦手になるような暗示をかけてしまっているのです。
逆に、あえて不安の種を植え付けて煽り、商売にしようという発想もあるかもしれませんが、
そのあたりが「塾=不安産業」と揶揄される部分でもあると思いますし、
個人的にはあまり好きなやり方ではないです……
さらに言えば、塾のカリキュラムや教材がその断絶を強化している場合もあるでしょう。
小学生コースは計算や文章題、中学生コースは方程式や関数――。
制度としては自然な分け方だと思いますが、リンゴはx個になり、おつりはy円になります。
そして「点P」は動き回ります(笑)。
しかしこれらは、数学という学問の構造から見れば、
本当は一本の流れの中にあるものです。
割合は関数の考え方につながり、図形の理解は証明の土台になります。
つまり、本来は連続しているものが、
制度や商品設計によって分断されている可能性があるということですね。
だとすると、塾の本当の価値は、「中学数学を教えること」ではなく、
「算数から数学への橋を架けること」だと発想を変えることもできるのではないでしょうか。
例えば、単なる「数学先取り」として打ち出すのではなく、
小学生の段階で比例の感覚を言葉で説明してみるなどです。
複雑な分数の計算を、数量の関係として理解させることもできるでしょう。
実質上は数学の先取りであっても、そこを前面に出していないぶん、
数学的思考への移行をスムーズにできるかもしれません。
教育学上の研究でも、概念のつながりを明確にした指導は学習効果が高いと言われます。
単元ごとの演習量を増やすよりも、知識の構造を理解させるほうが
長期的な学力につながるという考え方です。
実際、仮に算数と数学の名称が統一されたとしても、
それだけで数学嫌いが減るという単純なものではないと思います。
しかし、子どもが数学を苦手だと感じ始める瞬間はどこなのか、
何にそれを感じるのかはもっと意識してみてもいいはずです。
私たちの指導が、その断絶を埋めているのか、
それとも広げているのかを考えてみる必要もあるでしょう。
塾は良くも悪くも学校制度の外側にある存在ですが、
だからこそ、制度の境目で生まれる学習の断絶を補うこともできるはず。
算数と数学の間にある見えない壁を壊すことを、
「中学数学を早く教えること」ではなく、
「数学という一つの世界を見せること」として捉えてみるのはどうでしょうか。
算数と数学という言葉の違いをきっかけに、
私たち自身の教育の設計を一度見直してみてもよいかもしれませんね。
【今回のまとめ】
・塾の姿勢が、数学嫌いを加速させている可能性がある
・単なる先取りではなく、「接続」を意識したアプローチを
