【Vol.905(2025.06.06)】教材任せにできる時代だからこそ、人間が教えたいこと

「家庭教師のトライ」さんのオンライン教材で、
「水俣病は遺伝する」と、事実と異なる記述が含まれていたことが問題になっています。

<環境省 学習塾業界団体に注意喚起 水俣病教材に事実異なる記述>
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250603/k10014824271000.html

もちろん悪意があってのことではないでしょうが、誤りの内容が内容です。
同社は謝罪すると同時に該当部分を削除、修正すると発表しました。

ここから、私たち中小規模の個別指導塾が学べることは何でしょうか。

ICT教材、EdTechの発展によって、近年の学習環境は急速に変化しています。

映像授業サービス、AIドリル、オンライン個別指導などが普及し、
「講師がいなくても学べる」環境が整ってきました。

生徒さんや保護者さん、あるいは私たち塾経営者自身も、
「オンライン教材だけで十分では?」と考える方は増えているのではないでしょうか。

しかし、このたびの誤記問題は、
まさにそのような「教材任せ」への過信に一石を投じるものかもしれません。

どれほど評価の高い教材であっても、作り手が人間である以上、誤りはゼロにはなりません。

とりわけ、歴史的・倫理的なテーマや、
公害・差別・戦争といったセンシティブな社会問題では、
「どの事実を選ぶか」「どのような文脈で説明するか」が大きく影響します。

水俣病のような複雑な公害事件を扱う際には、事実関係の正確さはもちろんのこと、
その背景にある人々の痛みや社会構造への理解が必要です。

こうした内容は、単に「正解を覚える」だけの学びではカバーしきれません。

学ぶ側に寄り添い、問いを深めるよう促す「人の関与」が欠かせないと言えます。

AIを含むICTが得意とするのは、大量の情報の整理、パターン認識、
そして瞬時のフィードバックです。

これらは反復学習や定着において大きな力を発揮します。

塾や学校の先生の立場からすると、こつこつアナログでやることに比べれば、
いや、もう本当に「楽」ですよね!

一方で、「なぜそれを学ぶのか」「その情報は本当に正しいのか」といった
メタ的な問いかけや、文脈の読み解き、価値観の共有といった営みは、
まだまだ「人間だからできる」領域だと言えるでしょう。

スタンフォード大学の研究でも、AI教材の限界と、
教育者の「対話・共感・批判的思考の促進者」としての役割が重要と指摘されています。

特に、誤情報に対して生徒が疑問を持ち、立ち止まる力を育てるのは、
教師とのやりとりの中でこそ可能であると述べられているようです。

では、個別指導塾はこの時代にどのような価値を提供できるのでしょうか。

ポイントは、単に知識を教える「伝達者」から、
学びを支える「伴走者」へと役割を再定義することだと思います。

例えば、生成AIを活用した学習で誤った情報を生徒が目にした場合、
私たちが「それは違うよ」と訂正することは当然です。

さらにそこから「なぜこういう誤りが生まれるのか?」
「事実とは何かを見極めるには、どうすればいいのか?」という問いを投げかけることで、
学びを深めることができます。

これはAIにはできない、人間ならではの価値ある介入です。

「教えるのがうまい」「教務力が高い」とはどういうことなのか、
その定義が変わりつつあると表現してよいかもしれません。

また、保護者さんとの信頼関係においても、
「教材にすべてを任せない塾である」という姿勢は安心感につながります。

以前、映像教材が多く出回り始めたころ、「動画を見せてるだけで授業料を取るの?」と
いぶかしむ保護者さんは一定数おられましたよね。

やはり保護者さんの中にも「人が教えてこそ」という価値観は強くあったのでしょう。

逆に、映像を含むICT教材が浸透したからこそ、原点回帰ではないですが、
「やっぱり人間の介在って大事よね」と再評価する考えが出てきているのが今だと思います。

EdTechが進む時代だからこそ、「私たちは人の手で、生徒一人ひとりの学びを見守ります」
というメッセージは、差別化の鍵となるでしょう。

今回のニュースは、「教材は間違えることがある」という当たり前の事実を、
改めて私たちに突きつけることとなりました。

そしてそれは同時に、生徒たちが将来、さまざまな情報にさらされたときに
「これは本当か?」「誰が、なぜこう書いているのか?」と
問い直す力の必要性も教えてくれます。

クリティカルシンキングやファクトチェックの概念ですね。

文科省の「教育振興基本計画」でも、今後の教育の柱として
「情報の信頼性を評価し活用する力」が明記されています。

つまり、教材を含む目の前の情報を鵜呑みにせず、
内容を吟味する姿勢そのものが生きる力になるということです。

私たち塾経営者も、日々の学習支援の中でこの力を育むことはできると思います。

例えば「なぜそう書いてあると思う?」と問いかけてみたり、
複数の情報源を比較させてみたりなど、すぐにできることはいくらでもあるはずです。

AIやテクノロジーの進化は、教育に新たな可能性をもたらしています。
しかし、そうした時代だからこそ、人が教えることの意味を問い直すことが大事ですよね。

ポイントは、誤りを正すだけでなく、それを「学びのきっかけ」として生徒と対話し、
共に考えることではないでしょうか。

テクノロジーに任せるところと、人間が引き受けるところ。
その線引きを見極めながら、塾という現場を進化させていきたいですね。

【今回のまとめ】
・改めて、「人間だから教えられること」を考える
・間違いを学びのきっかけに変える意識を

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安多 秀司のアバター 安多 秀司 株式会社リアル・パートナーズ代表

大学卒業後、京都・滋賀・大阪・兵庫等に教室を持つ「成基の個別教育ゴールフリー」に入社。
最年少教室長として、川西教室(兵庫県)で3年間務める。その後、「スタンダード家庭教師サービス」を運営する株式会社スタンダードカンパニーに入社。「個別指導塾スタンダード」の立ち上げに尽力し、事業責任者として30数教室の 新規展開を行う。
その後独立し、平成20年7月「個別教育フォレスト」を設立。開校1ヶ月で35名の入会があり、わずか1ヶ月で損益分岐点を超える。現在はキャンセル待ちの塾として地域No.1の個別指導塾を運営している。
今でも現場主義を貫き、常に通塾中の顧客に対して満足度を高める工夫を実践している。

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