「私学の独自性が、子どもの権利侵害を正当化する口実になっている」——
先日、こんなニュースを目にしました。
<私学で起きる子どもの権利侵害 NPOが指摘する6つの共通点>※有料記事
https://www.kyobun.co.jp/article/2025060905
大まかに要約すると、私立学校は、
教育理念などに基づき独自性のある教育を追究している点が強みですが、
それを追求するあまり意図せず「子どもの権利侵害」が起こっている場合があり、
かつ、法的にそれを止める手段がないため、抑止力を持った第三者機関が必要ではないか、
という問題提起を報じたものです。
これは私立学校に関する調査ですが、
塾業界にも大いに関連性がある問題ではないでしょうか。
いやむしろ、塾は私企業であり学校と比べても自由度が高く、
塾長の理念や価値観が色濃く反映できることを考えると、問題はより根深いかもしれません。
そこで今回は、私立学校や塾における「独自性信仰」のワナと、
それが経営や教育の質に与えるリスクについて考察してみたいと思います!
上述したように、中小規模ゆえに強く反映される「経営者の哲学」や「方針」があります。
実際に多くの塾さんで「他にはない指導法」や「独自の進路指導」、
「家庭との密な連携」などを打ち出して差別化を図っていますよね。
もちろん、これ自体はまっとうな経営努力であり悪いことではありません。
しかし「うちのやり方は絶対に正しい」「他が間違っている」と盲目的にこだわったり、
「うちはうち、よそはよそ」という姿勢が強くなったりしすぎると、
ある種の鎖国状態になり、外部の声や批判に耳を傾けられなくなります。
ひいては、保護者さんや生徒さんからのまっとうな要望やクレームも、
「素人だから分かってない」「他の塾はそうでも、うちは考え方が違うから」と
問答無用で退けてしまうようになるかもしれません。
私立学校において、「教育理念」や「建学の精神」が、「独自性」という錦の御旗となり、
不合理な校則や不適切な指導の正当化を生み出していたのだとしたら、
塾でもこの「独自性」は時に、「客観性のない正義」となってしまいます。
その結果、実際には成果が出ていない指導法が長年続けられたり、
内部批判や改善が抑圧されたりするわけです。
特に職人肌で情熱家の塾長さんほど、強い信念を持つがゆえに、
こうした「独自性という名の独善性」が発生しやすいのかもしれません。
心理学的に見ると、人は自らの信念に強い価値を見出した瞬間、
それを批判的に捉えたり修正したりする能力が著しく下がるのだそうです。
例えば、かつて「一人ひとりに寄り添う個別指導」として地域で評判の塾があったとしましょう。
その塾では、毎回の授業で講師が生徒さんの隣にぴったりと座り、
解くべき問題やノートの書き方まで細かく指示しながら指導しており、
当初は「手厚くて丁寧な指導」として地域から高い評価を得ていました。
しかし時代が変わり、子どもたちには「自分で考えて動く力」や
「自律的な学習習慣」が求められるようになっていきます。
それでもその塾は、昔と同じように「至れり尽くせり」の指導を続けていました。
結果として、生徒さんは「先生がいないと勉強できない」状態に陥り、
自力で学習に取り組む力が育たなくなってしまいます。
にもかかわらず、塾側は「これがうちの寄り添い指導だ」と信じ続け、
指導法の見直しには消極的なままでした……
いかがでしょうか?
あくまで仮の例ですが、ケースとしては十分にあり得る事例ではないかと思います。
経営者が理念や過去の成功体験を過剰に神聖視していると、
誰もそこにメスを入れられなくなります。
結果として、保護者さんからの評判が落ちても
「最近の親は分かってない」と外部に責任転嫁してしまうわけです。
こうして「独自性」が、かえって経営を硬直させる毒にもなり得るわけですね。
では、「独自性」を捨てるべきなのでしょうか?
もちろん、そんなことはありません。
問題は、客観性がなく「検証不能な独自性」の存在です。
独自性を可視化し、検証し、更新する体制を作ることで、
独自性を健全に活かすことが可能になると思います。
(1)可視化
独自性が塾長の「思い」だけにとどまっていないでしょうか?
客観的なデータ(成績推移、定着率、保護者満足度)をもとに、
他塾さんや過去の自塾と比較できる形にしておくことが重要です。
(2)検証
生徒さんの成績向上や進学実績だけでなく、アンケートや面談を通じて
「その独自性が今のニーズに合っているか」を定期的に問い直してみましょう。
第三者によるレビュー(他塾経営者との意見交換会など)も有効だと思います。
(3)更新
独自性を「決して変わらないこだわり」ではなく、
「軸足をぶらさずに進化する姿勢」と捉えてみてはどうでしょう。
例えば「生徒一人ひとりを大切にする」という理念も、
時代によって「どう大切にするのか」という具体的な手段は変わるはずです。
記事内で言及されていた、抑止力を持った「第三者機関の設置」という提言は、
塾業界にとっても大きなヒントになっている気がします。
もちろん、民間塾に行政的な監視を求めるのは現実的ではありませんが、
保護者さんを交えた運営協議会や、生徒アンケート結果をスタッフと共有するレビュー会、
他塾の経営者さんとの定期勉強会などは、やろうと思えばやれそうな取り組みです。
これは単なる改善行為ではなく、
「独自性」が健全に進化するためのカンフル剤のようなものだと思います。
「独自性」は塾にとって最大の武器であると同時に、最大のリスクにもなりえます。
独自性を語るなら、「うちはこれでやってきたから」ではなく、
「これが今、子どもたちにとって最も良いから」を根拠にできるかが
問われているのではないでしょうか。
【今回のまとめ】
・「独自性」という言葉に、思考停止していませんか?
・理念や独自性を進化させていく視点を