【Vol.999(2026.04.17)】仕組みで生徒さんを動かすことは是か非か

アメリカの訴訟でで、SNSの利用によって心身に深刻な影響を受けたとして、
運営企業であるMeta(facebook)とGoogleに賠償を命じる評決が下されたそうです。

<メタとユーチューブ、依存症めぐる裁判で過失責任認められる 賠償命じる評決>
https://www.bbc.com/japanese/articles/c3r3qgwx5rvo

20歳の女性が「InstagramやYouTubeのアルゴリズムによって依存状態に陥り、
うつ病や摂食障害などを発症したと訴えたもので、司法はそれを認めたことになります。

確かに、SNSは「いかに利用者の滞在(使用)時間を増やすか」を重視して設計され、
随所にそうした「仕掛け」が施されていますよね。

今回の評決では、SNSに投稿された内容ではなく、
こうしたSNSの「仕組みそのものの」に依存性があって、
運営企業にその責任があるとした点で、判例として非常に画期的だと言われているようです。

つまり、「何が流れているか」ではなく、「どう使わせているか」が問われたわけですが、
この視点は、教育、とりわけ塾経営にとっても他人事ではないように感じます。

塾は本質的に、「生徒の学習行動を設計する場」です。

例えば授業の進め方、接し方、宿題の出し方、テストの頻度、面談の進め方など、
これらはすべて、生徒さんの行動や心理に影響を与える「仕組み」だと言えます。

ただ、それらは多くの場合、善意から設計されたものです。

成績を上げたい、努力を継続できるようにしてあげたい、成功体験を積ませたいという、
その目的自体を否定する人はいないでしょう。

その一方で、「成果を出すための設計がどこまで許容されるのか」は、
塾業界でもあまり意識的に議論されてきませんでした。

たとえば、面談の場面を考えてみましょう。

生徒さんや保護者さんの危機感を高めるために、あえて厳しめの現状認識を伝えたり、
「このままでは難しい」という表現を用いて行動変容を促したりすることってありますよね。

実際、こうしたアプローチによって学習意欲にスイッチが入るケースもあります。
したがって、一概に否定されるものではありません。

しかし、それが「情報提供」なのか、それとも「行動を引き出すための設計」なのかは
少し客観的に振り返ってみてもよいかもしれません。

前者であれば事実の共有ですが、後者であれば一定の誘導が含まれる可能性があります。

また、クラス編成やランキングの提示なども同様です。

競争環境を設けることでモチベーションが高まる生徒さんも確かに存在しますが、
比較される環境がプレッシャーとなり、自己効力感を下げてしまう生徒さんもいるでしょう。

さらに、成功事例の見せ方にも注意が必要かもしれません。

合格体験記や成績向上事例は、他の生徒さんにとって有効な刺激になります。

ただし、それが「再現可能なプロセス」として提示されているのか、
「特定の成功だけが強調されている物語」なのかによって、受け手の認識は変わるもの。

前向きな動機づけになる場合もあれば、
「自分には無理だ」という無力感につながる場合もあり得ます。

いわゆる「逆転合格(成功)ストーリー」の類は、確かに見る人の心を打ちます。

しかしそれを、「自分には関係ない、特別な人の特別なケース」と
受け止める生徒さんもいるはずです。

例えば学校では、「えらい人」を呼んで
成功物語を語ってもらう講演会が開かれることがありますが、
生徒さんに聞くと「単なる自慢話」としか受け止めていないケースもよくあるようです。

学校側の狙いとして「よし、自分も頑張るぞ!」と思って欲しかったのでしょうが、
必ずしも思惑通りにはならないということですね。

いずれも、どちらが正しいか、間違っているかという単純な話ではなく、
「どのような設計が、どのような影響をもたらしているのか」を
メリット・デメリットの両面から丁寧に見極める必要があるということです。

だとすると重要なのは、「成果が出ているかどうか」だけで設計を評価しないことでしょう。

短期的に行動が変わり、点数が上がることは一つの成果です。

しかし同時に、その過程でどのような心理的影響が生じているのか、
長期的な学習観にどのような影響を与えているのかという視点も欠かせません。

例えば生徒さんが「この塾に来るとやる気が出る!」と言ってくれれば、
塾経営者や講師としては素直に嬉しいものです。

ただそれも、裏を返せば「この塾でなければやる気になれない」という
依存性を生み出していると考えることもできます。

「仕組みで人を動かす」という発想自体は、学術的にも広く支持されている考え方です。

行動経済学上も、人は必ずしも合理的に意思決定するわけではなく、
環境や提示の仕方によって行動が大きく左右されることが知られており、
多くの政策や教育現場にも応用されています。

一方で、その効果が持続するかどうかについては、慎重な見方もあるようです。

教育心理学では、外発的な報酬や圧力に依存した動機づけは、
長期的には内発的動機づけを弱める可能性があることが指摘されています。

いわゆる「アンダーマイニング効果」と呼ばれる現象で、
「報酬があるからやる」という状態が続くと、
「本来の興味や関心」が後退するリスクがあるという現象です。

さらに、自己決定理論においては、人が主体的に行動するためには
「自律性」「有能感」「関係性」という3つの欲求が満たされる必要があるとされています。

仕組みによって行動や成果を“引き出す”ことはできても、
それが本人の自律性を損なう形で行われた場合、短期的な成果と引き換えに、
長期的な学習意欲を低下させる可能性があるという指摘です。

つまり、「仕組みで人を動かす」ことには、少なくとも二つの側面があります。

一つは、行動のハードルを下げ、望ましい習慣を形成しやすくするという利点。

もう一つは、その仕組みへの依存が強まることで、
仕組みがなければ動けない状態を生む可能性です。

繰り返しになりますが「仕組み」で人を動かすこと自体が悪いのではありません。

重要なのは、この二面性を前提として仕組みを設計することです。

例えば、最初は外発的な仕組みで行動を支えつつ、
徐々に自己決定の余地を広げていく設計になっているかどうかは一考の価値があります。

あるいは、生徒さんが「やらされている」と感じているのか、
「自分で選んでいる」と感じているのかも、長期的には大きな差を生むでしょう。

「仕組み」は強力なツールである一方で、
その使い方によっては人の主体性に影響を与えうる繊細な領域です。

だからこそ、「どう動かすか」だけでなく、
「どのような状態を目指して動かすのか」という視点が欠かせないと言えるでしょう。

塾は、単に知識を提供する場ではなく、
生徒さんの行動や意思決定に影響を与える環境そのものです。

どこまでが教育で、どこからが操作なのか、その線引きに明確な正解はありません。

ただ、自塾の「仕組み」に常に批判的な目線を持つことは、
教育に携わる者にとっての一つの責任なのではないでしょうか。

【今回のまとめ】
・「仕組み」で動かすのはよいとしても、効果の両側面を考える
・自塾の「仕組み」に、あえて批判的な目線を向ける意識を

この情報をシェア
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

安多 秀司のアバター 安多 秀司 株式会社リアル・パートナーズ代表

大学卒業後、京都・滋賀・大阪・兵庫等に教室を持つ「成基の個別教育ゴールフリー」に入社。
最年少教室長として、川西教室(兵庫県)で3年間務める。その後、「スタンダード家庭教師サービス」を運営する株式会社スタンダードカンパニーに入社。「個別指導塾スタンダード」の立ち上げに尽力し、事業責任者として30数教室の 新規展開を行う。
その後独立し、平成20年7月「個別教育フォレスト」を設立。開校1ヶ月で35名の入会があり、わずか1ヶ月で損益分岐点を超える。現在はキャンセル待ちの塾として地域No.1の個別指導塾を運営している。
今でも現場主義を貫き、常に通塾中の顧客に対して満足度を高める工夫を実践している。

目次