【Vol.1049(2026.10.09)】「基礎学力」ってそもそも何?

「基礎学力」――この世界にいると、もはや日常風景のように頻繁に使う言葉です。

しかしみなさんは、「基礎学力」とはそもそも何を指すのか、考えたことはおありでしょうか。
つまり、「基礎学力」の定義ですね。

それに絡んで、先ごろ実施された諸外国との比較調査で、興味深い結果が出ていました。

日本の保護者は、基礎学力をいわゆる「知識・技能」だと捉えているのに対し、
諸外国では「知識の活用力」だと受け止めていたというのです。

<『基礎学力』とは何か?日本の保護者は「知識、技能」、他9か国は「活用する力」を主に挙げる>
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000023.000152428.html

こういうニュースが出るたび、ほぼ毎回出てくるのが、
「日本の教育は知識偏重だ。これからは、それを活用する力を育てなければならない」
という批判意見です。

その意見は分かりますが、個人的には、この論争にはやや食傷気味な印象も抱いています。
なぜ「知識と活用」を二項対立で比較し、正誤で決めようとするのかと感じでしまうのです。

そこで、少し冷静になって、一緒に考えてみませんか?
そもそも、知識と活用は対立するものなのかと。

例えば、英語の授業を考えてみましょう。

「これからは英単語を暗記するだけではなく、実際に英語を使えるようにしよう」
という方向性には、もちろん意味があります。

しかし、だからといって英単語を覚えることの価値が小さくなるわけではありませんよね。

単語を知らなければ、英文の中にその言葉が出てきても意味を理解できません。

ましてや、その文章について自分の意見を考えたり、
他者と議論したりすることも難しくなります。

数学も同じです。

例えば、二次方程式の解の公式を知っているだけでは、
数学を「活用できる」とは言えません。

しかし、公式を知らなければ、それを使って問題を解くこともできません。

大切なのは、「公式を覚えること」と「公式を使って考えること」のどちらかを選ぶことではなく、
その二つをどうつなげるかではないでしょうか。

これは、スポーツにも通じるものがあると思います。

筋トレは苦しさのほうが目立つ「基礎」ですが(筋トレ自体が好きな人もいますが)、
筋トレあってこそ、試合での高パフォーマンスにつながりますよね。

アスリートたちはそれを知っているから、しんどくても筋トレを頑張るのです。

そう考えると、子どもたちが勉強に抱く「やりたくない」「つまらない」という気持ちは、
ゴールや目的の見えない筋トレばかりを
やらされているような感覚から生まれるのかもしれません。

知識や技能には、単に「覚えている」という意味だけではなく、
考えるための道具を手元に持っているという意味があります。

漢字を知らない状態で文章を読めば、
いちいち文字の意味を推測することに頭を使わなければなりません。

基本的な計算に時間がかかれば、文章題で「何を求めるべきか」という
本質的な部分に十分な注意を向けられなくなることもあります。

つまり、基礎的な知識や技能が身についていることは、
より高度なことを考えるための余裕をつくるということでもあるということですね。

一方で、「知識さえ覚えていればいい」という話でもありません。

例えば、数学の公式を完璧に暗記している生徒がいたとしても、
「この問題ではどの公式を使えばいいのか」と問われた途端に手が止まることがあります。

英単語を1000語覚えていても、実際の英文になると内容を読み取れないこともあります。

歴史年表を完璧に暗記していても、「なぜそのできごとが起きたのか」という
歴史的背景や社会情勢をふまえて問われると、答えられないこともあるでしょう。

ここで初めて、「知識を活用する」という問題が出てきます。
だからこそ、問題は「知識か、活用か」ではないのだと思うのです。

知識を身につけ、それを使ってみること。
使ってみて初めて、自らの知識の不足に気づくこと。
そしてもう一度学び、別の場面で使ってみること。

この往復こそが、学びなのではないでしょうか。

塾の授業でも、これは重要な視点になると思います。

英単語の小テストで80点を取った生徒がいたとして、そこで「よく覚えたね」で終わるのか、
その単語が実際の英文の中でどのように使われているのかを確認するのかでは、
その後の学びが変わるはずです。

数学でも、公式を覚えて問題が解けたら終わりにするのではなく、
「この問題では、なぜこの公式を使ったのか」「別の解き方はないか」と
考えさせることができます。

しかし、だからと言ってすべての授業を「活用型」にする必要もありません。
基本事項を繰り返し練習する時間だって必要です。

だとすると塾が考えるべきなのは、
「これは知識を増やすための時間」「これは知識を使うための時間」と、
それぞれの意味を整理することなのではないでしょうか。

そしてさらに大切なのは、それを、生徒さんや保護者さんとも共通認識として持つことです。

生徒さんや保護者さんの中にも「基礎より活用だ!」と考えている人はいるでしょう。

「こんな公式や四字熟語を覚えたところで、人生で何の役に立つんですか」という
“勉強をする理由を問う体でもっともらしいことを言っているけど、単に勉強したくないだけ”
という詭弁にも効果的だと思います(笑)。

そして、もう一つ気をつけたいのが、「知識偏重」という言葉の扱いです。

この言葉があまりに便利に使われると、
これまで子どもたちが積み重ねてきた暗記や反復練習まで、
「古い勉強」として片付けてしまうことになりかねません。

しかし、漢字を覚えたことも、英単語を覚えたことも、公式を覚えたことも、
決して無駄ではないはずです。

問題は、それを覚えさせたあとに何があるかであって、
知識を覚えたことをゴールにするのか、
それとも、その知識を使ってもう一段先のことを考えるところまで連れていくのかを、
塾の姿勢として分かりやすく示すことが大切だと思います。

漢字を覚えて、公式を覚えて、英単語を覚えて、その先に何があるのか。

「その先」を意識できれば、知識を詰め込むことと活用力を育てることは、対立しなくなります。

「受験に役立つ」「志望校に合格できる」という“合理的な実益”も、
教育の理想論から考えれば邪道な「その先」なのかもしれませんが、
それが知識・技能を身につけることへの動機になり、
結果的に教養としての応用力につながっていくのであれば、十分な現実解です。

「知識か応用か」という言葉に振り回されるのではなく、
基礎学力とは何なのか、そして基礎学力を何のために身につけるのか、
自塾なりの解をもって、子どもたちと向き合いたいですね。

【今回のまとめ】
・基礎学力の解釈は、国や人によって違う
・知識や技能と、応用力を、対立構図で考えない

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安多 秀司のアバター 安多 秀司 株式会社リアル・パートナーズ代表

大学卒業後、京都・滋賀・大阪・兵庫等に教室を持つ「成基の個別教育ゴールフリー」に入社。
最年少教室長として、川西教室(兵庫県)で3年間務める。その後、「スタンダード家庭教師サービス」を運営する株式会社スタンダードカンパニーに入社。「個別指導塾スタンダード」の立ち上げに尽力し、事業責任者として30数教室の 新規展開を行う。
その後独立し、平成20年7月「個別教育フォレスト」を設立。開校1ヶ月で35名の入会があり、わずか1ヶ月で損益分岐点を超える。現在はキャンセル待ちの塾として地域No.1の個別指導塾を運営している。
今でも現場主義を貫き、常に通塾中の顧客に対して満足度を高める工夫を実践している。

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