【Vol.897(2025.05.16)】「カスハラを受けた!」 そのとき塾長が判断すべきこと

東京都教育委員会が発表した教職員へのアンケート結果が話題を呼んでいます。

【公立教職員の2割がハラスメント被害 保護者からが約9割 都教委調査】
https://www.kyoiku-press.com/post-295116/

これによると、都内公立学校に勤務する教職員の23%が、
保護者から「通常の社会通念から疑問と感じる言動や行為」、
いわゆるハラスメントを受けたと回答しているそうです。

これとは別に、まさに先日も保護者が友人男性2名を伴って学校に乗り込んで暴れ、
事件となったニュースがありましたよね。

教育現場での「保護者ハラスメント」は近年全国的に注目されており、
対策として行政によるモデル事業や条例の整備も進みつつあります。

保護者からのハラスメント(もしくはそれに類する行為)は、
塾にとっても大きな問題であると言えるでしょう。

もちろん、公教育の現場で起きているハラスメントと、
「事業」として教育サービスを提供している民間の学習塾のそれを、
同じ土台で比べるのは難しい面もあるとは思います。

ただ、顧客である保護者さんとの関係性が
サービスの質やスタッフのメンタルヘルスなどに直結する点では、
塾も学校も共通の課題を抱えていると言えるかもしれません。

そこで今回は、学校現場の動向から
塾は「保護者対応」をどうマネジメントしていくべきかを考察してみたいと思います。

東京都のアンケート調査で特に目立つのは、
「不当な要求」や「過剰な苦情」による負担です。

これは、近年企業の接客現場などで注目されている
「カスタマーハラスメント(カスハラ)」と本質的に同じ構造だと思います。

実際、文科省もこの問題を「カスハラ」として扱い始めているようです。

ここで注目すべきは、保護者さんが「教育の顧客」として強い権利意識を持ちすぎた結果、
学校の先生方が精神的・肉体的に追い込まれているという点です。

この構図は、個別指導塾にも当てはまります。

特に塾業界では「顧客満足」が強く意識される一方で、
スタッフが保護者対応に疲弊し、離職していくケースも少なくありません。

短期的なクレーム対応で顧客満足を優先しすぎると、内部の人的資源が損なわれ、
結果的にサービスの質が落ちるというジレンマが生まれます。

学校とは異なり、塾は市場経済の原理に基づいて
「商取引の中で選ばれる立場」である以上、
保護者対応においてあまり強気に出にくい面はあるかもしれません。

しかし、だからこそ「どこまでが対応可能で、どこからが不当な要求なのか」という基準を
明らかにしておくことが重要ではないでしょうか。

ここで参考になるのが、奈良県天理市の事例です。

同市では、「子育て応援・相談センター~ほっとステーション~」を開設し、
元校長や臨床心理士などによるチームが保護者対応に当たっています。

その結果、保護者対応を理由とする教職員の退職・休職者はゼロ、
時間外勤務も前年度比で11.3%減少したそうです。

これはつまり、「誰がどのように保護者対応を担うか」「どのように線引きするか」という
ルールを組織的に定めたことで、現場の負担を軽減できた好例だと言えます。

これは塾運営においても、大いに勉強になると感じました。
例えば、以下のような対策が考えられます。

・苦情・要望の受付フローを明確にする(例:一般社員→教室長→塾長など)
・応対マニュアルを作成する(対応期限、言葉づかい、記録の取り方など)
・「個人への攻撃」「営業時間外の執拗な連絡」などをガイドライン違反とみなす規定の設置
・対応記録を必ず残すルールを徹底し、属人化を避ける

このような仕組みを持つことで、スタッフが一人で抱え込むことなく、
経営者が事態を正確に把握しやすくなるでしょう。

Google社が行った組織研究「プロジェクト・アリストテレス」では、
チームの生産性にもっとも強く寄与する要因は「心理的安全性」であることが判明しています。

講師や社員が「失敗しても攻撃されない」「問題が起きても組織が守ってくれる」と
感じられる職場でこそ、教育の質(内部充実)は安定するということです。

逆に、保護者さんからの理不尽なクレームや叱責に常にさらされ、
しかも組織からの支援がないとなれば、スタッフが離職するのは時間の問題です。

つまり、保護者対応のマネジメントは、顧客満足を高める手段であると同時に、
従業員満足を維持するための戦略でもあるわけですね。

この両輪を意識することが、学校における保護者対応と、
塾経営における保護者対応の違いだと言えるかもしれません。

そうすると重要なのは、経営者(塾長)自身の姿勢になると思います。

クレームや要求にすべて応えようとすればするほど、
エスカレートするのは人間心理の自然な傾向です。

これは行動心理学における「強化理論」でも立証されています。

経営者が最前線で「それは対応できません」「社員への個人攻撃はお控えください」と
毅然と伝える姿勢が、結果的に現場を守り、
保護者さんとの健全な関係にも繋がっていくはずです。

社員や講師が安心して業務に集中できる環境を整えること――

「教育サービス業」に求められるのは、
ただの「教える技術」でも、ましては「御用聞き」としての存在でもなく、
保護者さんとの関係性をいかにマネジメントして現場を守るかという
「人間関係の設計力」ではないでしょうか。

【今回のまとめ】
・クレームに疲弊するスタッフを守るのは塾長の務め
・保護者さんとの関係性を作る力が、塾としての強みにもなる

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安多 秀司のアバター 安多 秀司 株式会社リアル・パートナーズ代表

大学卒業後、京都・滋賀・大阪・兵庫等に教室を持つ「成基の個別教育ゴールフリー」に入社。
最年少教室長として、川西教室(兵庫県)で3年間務める。その後、「スタンダード家庭教師サービス」を運営する株式会社スタンダードカンパニーに入社。「個別指導塾スタンダード」の立ち上げに尽力し、事業責任者として30数教室の 新規展開を行う。
その後独立し、平成20年7月「個別教育フォレスト」を設立。開校1ヶ月で35名の入会があり、わずか1ヶ月で損益分岐点を超える。現在はキャンセル待ちの塾として地域No.1の個別指導塾を運営している。
今でも現場主義を貫き、常に通塾中の顧客に対して満足度を高める工夫を実践している。

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