個人塾にとって、保護者対応は経営の一部であると同時に、
教育活動そのものでもありますよね。
そんな中、学校に対するカスハラについて、対応のガイドラインが示されたそうです。
保護者さんらからの過度な要求や暴言などへの対応として、
教職員が一人で対応しないことや、やり取りを記録することなどが示されています。
<学校版カスハラ指針を国が策定へ 保護者らの理不尽な言動への対応で>
https://digital.asahi.com/articles/ASV8V3QYQV8VUTIL02JM.html?iref=_edu_issue_list_n
加えて10月からは、企業にカスハラ防止措置が義務付けられます。
塾にとっても他人事ではありません。
このとき、「うちもカスハラ対策をしなければ」と考えてしまいますが、
ことはそんなに単純ではないと思います。
なぜなら、学校と塾では事情がかなり違うからです。
そこで、もう少し踏み込んで考えてみませんか?
そもそも学校は公教育を担う機関であり、
基本的に子どもや保護者さんが学校を自由に選んで契約する関係ではありません。
一方、塾は営利事業です。
保護者さんは料金を支払う顧客であり、塾はその対価として教育サービスを提供しています。
まず、この関係性が基本です。
ところが個人塾になると、ここにもう一つ特殊な事情が加わります。
経営者自身が教育者であり、営業担当であり、保護者さんとの窓口でもあることです。
大手塾さんであれば、保護者さんからの問い合わせを教室長や相談窓口が受け、
難しい案件はエリア責任者に上げるといった役割分担が可能でしょう。
しかし個人塾では、保護者さんから電話がかかってくれば自分が対応します。
成績について説明するのも自分ですし、面談も自分でやります。
授業を受け持っている方もいるでしょう。
さらに、講師の採用や給与計算まで自分でやるという方もいると思います。
つまり、保護者さんからの一言は、良いものも悪いものも、
そのまま「教育者としての自分」に向けられた言葉になりやすいのです。
ここが、個人塾特有の楽しさでもあり難しさでもありますよね。
例えば、保護者さんから「もっと宿題を出してください」と言われたとします。
現場の責任者として考えれば、「要望に応えて満足してもらおう」となるかもしれません。
しかし教育者として考えれば、
「この生徒さんはすでに家庭学習への抵抗感が強いので、これ以上増やすべきではない」
と判断するかもしれません。
さらに経営者としては、「ここで断ったら退塾されるかもしれない」という
経営上の現実もあります。
この三つの立場が、たった一人の人間の中に同居しているわけです。
だとすると、個人塾に必要なのは、単純な対応マニュアルではないと思います。
重要なのは、経営者自身が、保護者さんの要求を受けたときに
「これは教育的にどうなのか」と一歩引いて考えられる環境をどう作るかではないでしょうか。
しかし、個人塾の場合、塾長にはなかなか相談する相手がいません。
「この保護者さんの要求は妥当なのだろうか」
「自分の説明が悪かったのだろうか」
「この要求を断るのは、教育者として正しいのだろうか」
「自分の考えが凝り固まっているのではないか」
「理念や信念という言葉に酔って、自説以外の考えを受け入れられなくなっていないか」
こうした問いを、すべて自分一人で処理することになります。
しかも、もし相手から強い口調で言われた直後なら、冷静な判断はさらに難しくなります。
心理学では、強いストレス状態に置かれると、
注意が狭まり、目の前の脅威への対応を優先しやすくなるのだそうです。
「教育的に何が最善か」より、「とにかくこの場を収めなければ」という心理になるんですね。
それ自体は、決して不思議なことではありません。
そこで、「一人で対応しない」という発想が重要になりまるわけですが、
そう簡単に右腕のような人材が育っているわけでもないでしょうし、
個人塾で「保護者対応担当者をもう一人置く」のも難しい場合があるでしょう。
できるとすれば、重要な案件についてはその場で結論を出さず、
「一度、状況を整理して改めてご連絡します」と時間を置く形がベターかもしれませんね。
そして、信頼できる同業者や経営者仲間に相談してみたり、
担当講師の見立てを聞いてみたりするもの良いと思います。
こうした小さな「自分以外の視点」を入れるだけでも、判断は変わり得ます。
特に大切なのは、「保護者さんの要求に応えるか、断るか」をすぐ決めるのではなく、
「その要求の背景には何があるのか」を分解することです。
例えば、「もっと宿題を増やしてほしい」を文字どおり受け取れば、
そのまま「宿題を増やす」という要望です。
しかし、保護者さんが本当に求めているのは、
「受験に間に合うのかという不安感の解消」かもしれません。
だとすると、宿題を増やさなくても、
他の手段でその不安が解消できるなら問題ないですよね。
「先生を変えてほしい」という要求も、単に講師そのものへの不満ではなく、
もっと他のところに本質があるのかもしれません。
逆に、保護者さんに何度説明しても同じ要求を繰り返す、人格を否定する、
威圧的な言動を続けるといった場合には、
正当な要望とは別の問題として扱う必要があります。
厚生労働省も、すべての苦情がカスハラに該当するわけではなく、
社会通念上許容される範囲の正当な申し入れはカスハラではないとしています。
だとすると、やはり重要なのは「保護者さんから要求された」という事実だけでなく、
何を要求しているのか、なぜ要求しているのか、どのような手段で伝えているのか、
そして、その要求を受け入れることが子どもにとって本当に良いのかなどを
分けて考えることです。
また個人塾では、保護者さんとの距離が近いことが強みになります。
「何かあればすぐ相談してください」と言えますし、
生徒さんの小さな変化にも気づけますしね。
家庭と塾が密接に連携できることは、大手さんにはない価値です。
しかし、距離が近いからこそ、境界線が曖昧になりやすいという側面もあります。
夜遅くに届いたLINEに毎回すぐ返信したり、
授業内容について毎回細かな変更を受け入れたりしていれば、
一つひとつは「親身な対応」でも、経営者自身が疲弊し、講師にも負担がかかり、
結果として最も大切な「生徒さんへの教育」に使える時間とエネルギーが削られていくでしょう。
境界線を引くことは、必ずしも保護者さんを遠ざけることとは一致しません。
「いつでも何でも対応します」という塾より、
「ここまでは私たちが責任を持って対応します」と明確にしている塾のほうが、
長期的には信頼されることもあるのではないでしょうか。
保護者さんとの関係を「近ければ近いほど良い」と考える必要はないのだと思います。
教育上の判断について、自分なりの基準を言葉にしておくことは、カスハラ対策というより、
「一人の人間の判断に教育全体が依存しすぎないための経営設計」です。
個人塾の強さは、「経営者の顔が見えること」ですが、
しかし、その強さは同時に弱さにもなります。
経営者の人柄が信頼を生む一方で、経営者が疲弊すれば塾全体が揺らぐからです。
だからこそ、保護者さんとの距離をどうするか、どこまで応えるか、
どこからは断るかを考えることは、単なる接客論ではありません。
「自分はどんな教育を守るために、この塾を経営しているのか」という問いなのだと思います。
【今回のまとめ】
・個人塾では、カスハラ対応のマニュアル化をすればいいというものでもない
・その要求の根底にある本質を見取るようにする
目次
