前回の当メルマガで、最低賃金の上昇と講師確保の問題について少し触れました。
<高品質・高価格の1:2か、指導スタイルを変更するか>
https://r-partners.jp/2308/
今回はその延長のような形で、「塾講師」という仕事について
少し突っ込んで考えてみたいと思います。
さて、全国的な教員不足を受けた対策の一つとして、
「これまで教育とは別の世界にいた人を、どう教育に迎え入れるか」
という考えが広がっているようです。
文科省は先ごろの審議まとめで、
社会人等が教職へ参入しやすくする制度の見直しを打ち出しました。
<教員制度改革の審議まとめ…高校で教職課程単位認定も>
https://reseed.resemom.jp/article/2026/09/18/14155.html
このニュースを塾経営者の立場から考えてみると、少し面白い見方ができそうです。
まず、個別指導塾の講師は大学生が多数を占めていますよね。
その中には、「将来は学校の先生になりたいから、塾で教える経験を積みたい」という学生も
一定数いることでしょう。
しかし、塾をステップにしてもらうのは大歓迎だとしても、
単に「塾は教員を目指す学生がアルバイトをする場所」でもありません。
だからこそ塾には、若者が初めて「教育を仕事にするとはどういうことか」を
知る場所としての役割があるのではないでしょうか。
学校の先生になりたい学生が、大学で教育学を学んでいても、
実際に一人の子どもを前にして教える経験は、まったく質が異なります。
数学の指導方法を身に着けることと、
それを「分からない」と言っている生徒さんに適切に展開できることは同じではありません。
自分にとっては簡単な問題でも、生徒さんにとっては何日も悩んでいる問題かもしれません。
説明を変えても伝わらないこともあり、
こちらが「ここが分からないのだろう」と思っていたところとは、
まったく違うところでつまずいていることもあります。
さらに難しいのは、教える側が正しいことを説明すれば、
それで生徒さんが学ぶとは限らないことです。
「この子はなぜ勉強しないのだろう」と思っていたら、実は勉強の仕方が分かっていなかった。
「やる気がない」と見えていたが、間違えることを怖がっていた。
「もっと頑張ればいいのに」と思っていたが、すでに本人なりにかなり頑張っていた。
――こうしたケースは、塾をやっていれば当たり前に経験することですが、
教育を「知識を教える仕事」と考えていた学生に、別の視点を与えてくれるはずです。
だからこそ、塾講師という経験は面白いんですよね。
学校では、教師は最初から「先生」という立場で子どもと出会いますが、
大学生講師は、比較的年齢の近い「お兄さん・お姉さん」のような存在として
生徒さんと接することになります。
すると「先生だから教える」という関係だけでは見えにくい
生徒さんの姿に気づける可能性もあります。
学校の先生には言えなくても、塾の先生には言えるということもたくさんあるでしょう。
例えば、
・学校では数学が苦手と言っているけれど、実は授業についていけないことが嫌
・勉強の方法を知らないのではなく、自分でできたという経験が少ないだけ
といった視点を身につけることは、
教員を目指す学生にとって決して小さな経験ではありません。
ただし、ここで塾経営者が注意したいこともあります。
塾と学校は、同じ「教育」の仕事でも役割が違うものです。
個別指導塾では、生徒一人ひとりに合わせて授業を組み立てやすい一方で、
学校では、多くの生徒さんを対象に教育課程を実施しますし、
学級経営や校務、保護者・地域との関係など、塾とは異なる仕事があります。
だからこそ、塾での経験を「学校教師になるための予行演習」と位置付けるのは、
かえって視界を狭めてしまいます。
むしろ、「教育にはこういう難しさがある」と知る場所として捉えるほうが、
学生にとって意味があるのではないでしょうか。
そしてそのことを、教員志望の講師本人にも伝えてあげることが大事だと思います。
例えば、業務の指導やアドバイスをする中で
「成績を上げるにはどうすればいい?」だけではなく、
「この生徒さんは、なぜあの場面で黙ったのだと思う?」
「自分の説明が伝わらなかった理由は何だと思う?」
「もしうちの生徒さんたちを35人ひとまとめで教えるとしたら、何を変える?」
といった問いを投げかけてみるのもよいでしょう。
これは単なる講師研修とは少し違って、
教育について考える習慣を身につけてもらうことです。
もちろん、塾で働いた結果、全員が「やっぱり教員になりたい」と思う必要はありません。
「自分は一人ひとりとじっくり向き合うほうが向いている」とか、
「教育そのものは好きだけれど、違う業界のほうが自分には合っている」と
分かることもあるでしょう。
それもまた、教育現場で働いたからこそ得られるキャリア上の発見です。
ここで、冒頭で触れた「「これまで教育とは別の世界にいた人を、どう教育に迎え入れるか」
という国の方策を思い出してください。
実は日本では、異業種から教職へ移る
セカンドキャリア型の教員が国際的に少ないことが指摘されています。
つまり、これからの教育人材を考えるとき、
「大学を出て、そのまま教員になる」という一本道だけではなく、
いったん別の仕事を経験してから教育に入る人や、
教育の世界の中でも学校と民間を行き来する人が増える可能性があるということです。
そう考えると、塾にとって大学生講師は、単なる「人手」ではありません。
その人が将来、学校教師になるかもしれませんし、
企業に就職してから、何年後かに教育界へ戻ってくるかもしれません。
あるいは、塾で働いた経験を別の仕事で生かす学生もいるでしょう。
そうした若者にとって、最初に教育という仕事の現実に触れた場所が、
自塾になる可能性があるということを忘れずにいたいところです。
塾が社会から預かっているのは、生徒さんだけではありません。
講師として働く若者もまた、これから社会のさまざまな場所で活躍していく人たちです。
その人たちに「子どもに教えるとはどういうことか」「人が学ぶとはどういうことか」を
考える経験を提供することも、塾が果たせる一つの役割なのではないでしょうか。
いったんは教員になったものの、自分の理想とのズレを感じ、
塾業界に戻ってくる「元教師」の人も少なくないですよね。
教員不足というニュースを見ると、
「学校はどうやって先生を確保するのか」という話や、
職場としての学校の魅力改善の問題になりがちです。
しかし、個別指導塾の側から見れば、
「自分たちは、これから教育を担う人たちに、どんな教育の原体験を提供しているだろうか」
と考えることもできます。
教員を送り出すことを目的にする必要はありませんが、
もし一人の大学生が塾講師として働いた数年間を振り返って、
その仕事観や人生観に影響を与え、
公教育のあり方にも間接的に影響しているのだとしたらどうでしょう。
それはその人にとっても、塾にとっても、決して小さな仕事ではないはずです。
塾側も「よい講師を確保し、育てる」という行為を、自塾の利益のみに閉じ込めるのではなく、
一つの社会貢献だと考えてもよいのではないでしょうか。
【今回のまとめ】
・塾は、教職志望者が最初に「教育の仕事」に触れられる場でもある
・よい講師の育成を、自塾の利益だけに閉じ込めない
