AI教材と先生による対面指導のどちらが効果的か――
そんな興味深い調査結果が明らかになりました。
<学習指導は「AIより対面が効果的」と77.4%が回答、学習形式はハイブリッド型が過半数>
https://edu.watch.impress.co.jp/docs/news/2146940.html?utm_source=chatgpt.com
これによると、77.4%が「対面指導の方が効果的」と回答したそうです。
さらに注目したいのが、「AIより対面がよい」という答えが多かった一方で、
自分や子どもが学ぶ場合に選びたい形式としては、
AIによる弱点分析と先生の個別サポートを組み合わせた「ハイブリッド型」が51.8%となり、
「対面指導のみがよい」の48.2%をわずかに上回っていたことでしょう。
AI×教育を考えるとき、よく言われるのが
「人間しかできないことがある」という決まり文句です。
確かにそうだと思います。
しかし、そこで議論を終わらせて、精神論や理念として
単純に「やっぱり対面だよね」としてしまうのは少しもったいないかもしれません。
この調査結果からは、人から教わることへの期待は根強い一方、
AIの活用にも一定の価値が認められていることがうかがえるからです。
では改めて、人が教えることの価値とは何でしょうか。
「人間には感情がある」「AIにはできない細やかな対応ができる」といった言説に
反論する気はありませんが、それだけでは、
これからの個別指導塾が何を大切にすべきかという問いへの答えとしては不十分です。
そもそも、人間の講師が目の前にいることと、
その講師が教育的な価値を生み出していることは、同じではないからです。
例えば、数学の問題が解けない生徒さんがいたとします。
講師が解法を丁寧に説明すれば、生徒さんはその問題を理解できるかもしれません。
ところが、次に似た問題が出たとき、また解けなくなってしまうこともありますよね。
このとき、この生徒さんに必要だったのは、解法の説明だけだったのでしょうか。
もしかすると、どこでつまずいているのかを一緒に確かめることや、
自分の考え方の誤りに気づくための問いかけが必要だったのかもしれません。
人が教える価値は、知識を伝えることだけではないはずです。
目の前の生徒さんの反応を見ながら、何を説明し、何を問いかけ、どこで手助けをし、
どこから本人に任せるのかを判断することにもあります。
もちろん、AIも学習者の解答を分析し、
理解度に応じた問題を提示したり、質問に回答したりすることができます。
したがって、「生徒さんの状況に合わせられるのは人間だけだ」と言い切ることはできません。
AIの方が得意な作業もあれば、人間の講師が担う方が適している場面もあるでしょう。
だとすると重要なのは、人間とAIのどちらが優れているかを
一般論で決めることではないと思います。
学習のどの場面で、どのような働きかけが必要なのかを考えることです。
例えば、計算問題の反復練習や、解答履歴に基づく苦手分野の把握は、
AI教材を活用することで効率化できる可能性があります。
一方、間違いの原因が知識不足なのか、問題文の読み違いなのか、
解答を急ぐ習慣にあるのか、あるいはメンタルの問題なのかを見極めるには、
データだけでなく、実際の解き方や生徒さんとの対話を確かめることも有効です。
さらに講師には、正解を導くこと以外にも役割があります。
生徒さんが間違いを恐れて質問できないとき、どのように声をかければよいのか。
あるいは難しい問題に挑戦することをためらっているとき、
どの程度の課題なら取り組めるのか。
こうした場面では、単に正答率を上げるだけでなく、
生徒さんが安心して試行錯誤できる環境を整えることも大切になりますよね。
ここが、生身の人間が教えることの強みでしょう。
ただし、だからこそ注意が必要です。
講師が親身に接すれば、それだけで学力が伸びるわけではありません。
励ますことが必要な生徒さんもいれば、
具体的な課題を示して、厳しく取り組みを促すことが必要な生徒さんもいるはずです。
対話や共感そのものを目的にして「だから対面のほうが優れている」と言うだけでは、
いま一歩踏み込みが足りないと思います。
大切なのは、それらを通じて生徒さんの学びをどう支えるのかだからです。
個別指導という言葉には、一人ひとりに合わせて教えるという意味が込められています。
しかし、授業を一対一で行っているからといって、
本当に個別最適な指導ができているとは限りませんよね。
同じ教材を同じ順番で進め、分からないところを説明し直すだけなら、
講師が生徒さんと対面していること自体が、
十分な付加価値になるとは言い切れないでしょう。
それこそ「AIで十分だ」ということになってしまいます。
個別指導の専門性は、同じ問題を間違えた生徒さんでも、
その原因や必要な支援は異なると理解し、対応を変えられるところだったはず。
英語の長文問題が苦手な生徒さんが二人いたとします。
一人はそもそも語彙が不足しており、もう一人は単語の意味を理解していても、
文章全体の論理関係を捉えられていないとしましょう。
この二人に同じ問題を繰り返し解かせても、十分な効果が得られないはずです。
私たちに求められるのは、目の前の正誤だけで判断せず、
どこに課題があるのかを見極め、次の学習につなげることです。
AIの分析を活用できるなら、それも判断材料にすればよいでしょう。
人間の経験だけに頼る必要はありませんし、
AIの提案をそのまま採用する必要もないということです。
そう考えると、AIの普及は、
生身の講師の価値を一律に低下させるものではないと思います。
「AIに仕事を奪われる」という論もありますが、そうではなく、
これまで「個別指導」という言葉の中に曖昧に含まれていた仕事を、
改めて問い直すきっかけになってきたのが現状ではないでしょうか。
講師は、単に知識を説明する人なのか、
それとも、生徒のつまずきを見極め、学習方法を調整し、
自分で学べるようになるまで支援する人なのか。
この違いは、AIを導入するかどうかにかかわらず、塾の指導の質を左右します。
AIを導入すれば、必ず授業の質が上がるわけではありませんし、
同様に、対面指導を続けていれば、
それだけで人間ならではの価値を提供できるわけでもないということです。
大切なのは、AIを使うか否か、人間とAIどちらが優れているかという二極論ではなく、
生徒さんの学びにとって何が必要なのかを考え、
そのために講師とAIの役割を設計することだと思います。
AIを脅威に捉え、「人間には人間にしかできないことがある」と
主張すればすむ話ではありません。
私たちや講師がいることで、生徒さんの学びにどのような変化が生まれているのか。
いないとどうなるのか。
ここを改めて洗い出してみると、何かに気づけるかもしれませんね。
【今回のまとめ】
・AI論を考えるとき、盲目的に「人間しかできない」だけで片づけない
・生身の私たちが実際に何を提供できているのか、改めて考えてみる
