神奈川県小田原市が、現在の市立小中学校を再編し、
すべて小中一貫校とする計画を発表しました。
これにより、現在の25小学校と11中学校は、
12の小中一貫校に統合される形となるそうです。
<小田原市、全市立小中学校を一貫校に再編へ 多様なニーズに対応>
https://mainichi.jp/articles/20260608/k00/00m/040/305000c
学校の統廃合は全国的にも進んでいる流れですし、
人口減少社会での規模適正化という意味では仕方ない部分もあるのかもしれません。
一方、塾経営という視点でこのニュースを捉えるなら、
また少し違った見方もできるように思います。
「子どもは変化によって成長するのか、それとも安定した環境の中でこそ力を伸ばすのか」
という点です。
今回のニュースでは、制度の是非や地域への影響などの論点で賛否両論が出ていますが、
メリットの一つとして、いわゆる「中1ギャップ」の解消が挙げられています。
中1ギャップとは、小学校から中学校への進学によって、
学習内容や学習環境、人間関係、評価の仕組みなどが大きく変わり、
子どもたちの不適応や学習意欲の低下につながるケースのこと。
だとすると、中高一貫にして環境の連続性を確保できれば、
急激な変化によるストレスを軽減できるのではないかという発想です。
この考え方の背景には、「心理的安全性」の重要性があります。
教育心理学では、安心して失敗できる環境が学習が大切だと言われ、
周囲の目などを過度に気にせず、自分のペースで挑戦できる状態にあるとき、
人はより深い学びに向かいやすくなるのだそうです。
小中一貫を含め、学びの環境が安定していることは、
こうした心理的安全性を担保しやすいということですね。
一方で、別の視点もあります。
「変化そのものが成長の契機になる」という考え方です。
人は既存の枠組みでは対応できない状況に直面したとき、
新たな認知構造を形成するとされています。
つまり、環境の変化が、半ば強制的に成長を促す装置として機能するということです。
新しい環境、新しい人間関係、新しい評価軸などに適応しようとする過程で、
子どもが自分の在り方を更新していくのでしょう。
実際、多くの人が「中学校に入って変わった」「高校で一気に視野が広がった」といった
経験を持っているのではないでしょうか。
これは、単に年齢が上がったから勝手に成長したのではなく、
環境の変化によって求められる役割や基準が変わったことが大きく影響しています。
小学校→中学校への進級が、ある種のイニシエーション(通過儀礼)になっているのです。
これに基づいて考えると、塾での教育観もまた二つの異なる視点が生まれます。
一つは「安定した環境の中で、安心して力を伸ばす」という発想。
もう一つは「変化の中で適応力を鍛える」という発想です。
この二つは二項対立で比較されがちですが、
どちらにも一定の妥当性があり、悩ましいところだと思います。
では、塾はどちらの立場に立つべきなのでしょうか。
例えば個別指導塾の多くは、「安心できる環境」を強みとしています。
学校でうまくいかなかった生徒さんが、自分のペースで学び直せて、
失敗しても否定されず、理解できるまで伴走してもらえる場――
こうした機能は、心理的安全性の観点から非常に重要です。
一方で、その環境があまりにも「守られすぎた場」になっていないかという
見方もできるようになります。
常にサポートがあり、常に理解できる状態が用意されているとしたら、
生徒さんは「自力で乗り越える経験」をどこで積むのでしょうか。
環境が変わらないことによって、
かえって適応力の形成機会が失われる可能性は否定できません。
逆に、集団指導やハイレベル指導を行う塾では、
「あえて負荷をかける」ことが価値になります。
新しい問題形式、競争環境、スピード感のある授業などは、
生徒さんにとってストレスにもなりますが、
その中で自分の位置を認識し、次の行動を選択する力が養われるのです。
ただし、負荷が過度になれば、学習そのものから離脱してしまうリスクもあります。
つまり、「変化」と「安定」はどちらかを選べばよいものではなく、
どのように組み合わせるかが問われるテーマなのだと思います。
白黒をつけて単純な答えを出すことはできないでしょうし、
自塾がどのような価値を提供しているのかを自覚することから始まるのでしょう。
そこで、一つの判断基準にしてみたいのが、変化の「質」と「タイミング」です。
すべての変化が成長につながるわけではありませんし、
すべての安定が安心を生むわけでもありません。
急激すぎる変化は不適応を招きますし、過度な安定は停滞を生みますから、
重要なのは、その生徒さんにとって意味のある負荷になっているかどうかでしょう。
例えば弊塾では、「受験学年は強制自習」という制度になっています。
これは「環境の変化」という意味では非常に厳しい姿勢です。
しかしそれによって、生徒さんの勉強・受験に向かう姿勢を変えていく姿を
毎年のように目の当たりしてきました。
ただし、強制自習になることは入塾時にも強く認識共有しますし、書面も交わします。
納得できない場合は入塾の是非を再検討いただくなど、
「変化を起こさない」という選択肢も示している形です。
そのような例でなくても、ある程度理解が進んだ段階であえて難易度を上げる、
一定期間ごとに学習環境を変える、他者との比較を意識させる機会を設けるなどは
相応の効果が見込まれるのではないでしょうか。
逆に、失敗が続いている生徒さんには一時的に負荷を下げ、
安心して取り組める状態を作ることも一つの手です。
こうした設計は、「変化」と「安定」を意図的に使い分ける発想に基づいています。
小中一貫校の議論は、一見すると制度設計の話に見えますが、
その背後には「人はどのような環境で成長するのか」という普遍的な問いの存在も感じます。
そしてそれは、そのまま塾の指導設計にもつながるものです。
自塾は、生徒さんにとってどのような場なのか。
安心して過ごせる場所なのか、それとも挑戦を促す場所なのか。
あるいは、その両方をどう設計しているのか。
その答えは一つではありませんが、
少なくとも無自覚にどちらかに偏っている状態は避けたいところですね。
「変化によって成長するのか」「安定によって力を伸ばすのか」。
そこに明確な正解はありませんが、
この問いを持ち続けること自体が、教室のあり方を見直すきっかけにるはずです。
【今回のまとめ】
・自塾は変化を促すのか、安心と安全を重視するのかを再確認する
・どちらかに偏りすぎるのではなく、適宜使い分けるのがベター
