【Vol.1025(2026.07.17)】積み増し続ける学びからの転換

2030年度から導入予定の次期学習指導要領で、
小中学校が教科ごとに年間の授業時数(コマ数)を最大15%程度、
自らの判断で減らせるようになる方向で議論が進んでいるそうです。

<小・中学校、各教科15%まで授業数を削減可能に 28年度にも導入>
https://digital.asahi.com/articles/ASV7836LJV78UTIL02RM.html

減らした分は他の授業コマに上積みしたり、
先生方の研究や研修の時間に充てたりできるとのこと。

次期指導要領では、こうした学校ごとの裁量性や柔軟性を重視することが
ポイントになっていますが、この改革の本質は授業時間の増減ではないように思いました。

私が感じたのは、教育が「足し算」の時代から、「引き算」と「編集」の時代へ入りつつある」
という点です。

教育の世界では長年、「もっと○○を教えるべきだ」という発想が基本にありました。

英語をもっと充実させよう、プログラミング教育を導入しよう、探究学習も強化しよう、
金融教育も主権者教育も大切だ……

とにかく、教えることを「増やす」教育なのです。

生きていくために必要な情報量が増え、社会の仕組みが複雑になればなるほど、
学校(教育)に求められる役割も増えていきます。

もちろん、それ自体を一方的に否定することはできません。
実際、どれも子どもたちに必要な学びだと思います。

問題は、「増やすこと」は比較的議論しやすい一方で、
「何を減らすか」という議論は極めて難しいということです。

心理学や行動経済学には「損失回避」という考え方があります。
人は新しい利益を得る喜びよりも、何かを失う痛みのほうを大きく感じる傾向のことです。

教育でも同じことが起きます。

「新しい教育内容を加えよう」と言われれば賛成しやすい一方で、
「この単元は削ろう」「この授業は減らそう」と言われると、
不安や反対の声が上がりやすくなります。

「減らす」という判断は、「必要ない」と宣言するようにも受け取られるからです。

しかし、今回の改革は、その難しい「引き算」を各学校に委ねようとしています。

これは見方を変えれば、学校が単なる「教える組織」から、
「学びを編集する組織」へと役割を変え始めているとも言えるでしょう。

単に学習内容を削ることではなく、限られた時間の中で、
「何を残し」「何を減らし」「どう組み合わせれば」、
子どもたちにとって最も価値ある学びになるかを設計することです。

実際、現代社会は知識が不足している時代ではありません。
スマホやPCを開けば、歴史も数学も英語も、必要な情報はすぐに手に入ります。

だから教育の価値も、「どれだけ多くの知識を詰め込むか」から、
「膨大な知識の中から何を選び、どうつなげるか」へと少しずつ移り始めているのでしょう。

当然ながらこの流れは学校だけの話ではありません。
私たち塾も、同じ課題を突き付けられているように思います。

例えば、夏期講習を企画するとき、
「あれもやろう、これもやろう」と講座を増やしていくことは比較的簡単です。

定期テスト対策、入試演習、英検対策、読解講座、思考力講座……
どれも必要性を説明できます。

しかし、生徒さんの時間は有限です。

すべてを受講してもらうことは現実的ではありませんし、
仮に受講できたとしても、本当に学習効果が高まるとは限りません。

情報が過剰になることで、理解や定着が妨げられる場合もあります。

人間のワーキングメモリには限界があり、
一度に処理できる情報量は限られているからです。

そう考えると、塾の価値とは「教えること」だけではなく、
「教えないことを決めること」にもあるのではないでしょうか。

この生徒さんには、今は応用問題より基礎固めた必要だ。
この単元はあえて深追いせず、得点効率の高い分野に時間を使おう。
この宿題は量を減らし、その代わりに復習の時間を確保しよう。

こうした判断は、一見すると「減らす」ことに見えますが、
実際には、「学びを編集する」仕事と言えます。

個別指導塾は、もともと編集に強みを持てる業態です。

学校のように全員へ同じ内容を教える必要はありません。
一人ひとりに合わせて、教材も進度も変えられます。

だからこそ、私たちは「どれだけ多く教えられるか」を競う必要はないと思います。

むしろ、「何を教えないか」を自信を持って決められることこそ、
個別指導塾の専門性ではないでしょうか。

塾の「経営」という視点でも同じことが言えます。

サービスは増やそうと思えば際限なく増やせますし、
イベントも講座も教材も面談も、追加することはいくらでもできます。

しかし、それらを増やし続けた結果、
本来最も大切だった授業の質や講師と生徒の対話の時間が失われてしまったら、
本末転倒です。

現在の弊塾は高校生専門の塾ですが、以前はそうではありませんでした。

「中学生の受け入れをやめる」という判断をしたのも、
自塾が何を大切にするのかに立ち返り、必要なサービス(業務)を「編集」した結果です。

経営者にとって最も難しい意思決定は、
「何を始めるか」ではなく、「何をやめるか」だとつくづく思います。

しかし一方で、その判断ができる組織ほど、自分たちの価値を明確にできるはず。

今回の学習指導要領の改革は、単なる授業時間の弾力化ではありません。
「限られた時間だからこそ、何を残すか」という編集の思想の改革です。

それらは「コスト」を削減するという発想とは少し違います。

コストを省くのは「無駄づかいをやめる」という意味でもありますが、
私たちがやろうとしているのは「どれも必要だが、あえてどれかをやめる」という決断です。

私たち塾もまた、「教える量」で価値を示す時代から、
「学びを編集する力」で価値を示す時代へ入っているのかもしれません。

【今回のまとめ】
・学びは「足す」から「引く」「編集する」の時代へ
・何かを削ることと、コストカットは同義ではない

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安多 秀司のアバター 安多 秀司 株式会社リアル・パートナーズ代表

大学卒業後、京都・滋賀・大阪・兵庫等に教室を持つ「成基の個別教育ゴールフリー」に入社。
最年少教室長として、川西教室(兵庫県)で3年間務める。その後、「スタンダード家庭教師サービス」を運営する株式会社スタンダードカンパニーに入社。「個別指導塾スタンダード」の立ち上げに尽力し、事業責任者として30数教室の 新規展開を行う。
その後独立し、平成20年7月「個別教育フォレスト」を設立。開校1ヶ月で35名の入会があり、わずか1ヶ月で損益分岐点を超える。現在はキャンセル待ちの塾として地域No.1の個別指導塾を運営している。
今でも現場主義を貫き、常に通塾中の顧客に対して満足度を高める工夫を実践している。

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