みなさんの教室では、生徒さん同士のトラブルが起こったことはありますか?
そのとき、どんな対応をなさっていますか?
塾で生徒さん同士のトラブルや人間関係の問題が起きたとき、
私たちはつい無意識に「指導の延長」で解決を試みてしまうことがあります。
例えば「きちんと話し合えば分かり合えるはずだ」、
あるいは「お互いに反省すれば関係は修復できる」といった発想です。
もちろん、少なからず「教育」の現場にいる以上、そう考えるのは自然なことだと思います。
しかしこのアプローチは、かえって事態を悪化させる可能性もあるため、注意も必要です。
先日、このようなニュースを目にしました。
<神奈川県立高校でいじめ重大事態認定、学校側対応で「二次被害」指摘>
https://www.asahi.com/articles/ASV3Z4SQBV3ZULOB00ZM.html
ある県立高校の部活動で起きたいじめ事案では、
いじめを訴えた生徒に対し、学校側の対応が結果的にさらなる苦痛を与えた、
いわゆる「二次的被害」について報じたものです。
詳細はニュースリンクをご一読いただければと思いますが、
みなさん、これを読んでどんな印象を持たれたでしょうか。
私がこのニュースから学びたいと思ったのは、
「問題そのもの」ではなく、「その後の関わり方」についてです。
このケースは、学校か塾か、あるいは規模の大小に関わらず、十分に起こり得ると思います。
ここで私たちが認識しておきたいのは、
学習指導とトラブル対応は、求められるスキルがまったく異なるということです。
学習指導のプロがトラブル対応のプロとは限らないと認識すべきでしょう。
冒頭で「指導の延長で対応していませんか?」と問いかけたのはそのためでした。
まず、学習指導は、知識や理解、学習姿勢などを深めるために働きかける営みです。
一方でトラブル対応は、生徒さんの安全や心理的安心を守ることが最優先となります。
もちろんどちらも大事なのですが、この二つを同じ延長線上で扱ってしまうと、
意図せずして生徒さんを追い詰める結果になりかねません。
例えば「話し合えば解決する」というパターンで考えてみましょう。
トラブルが起きた際、加害者側と被害者側を同席させて
話し合いの場を設けるケースがありますよね。
一見すると平等で建設的な対応に見えますが、被害を受けた側にとっては、
再び同じ空間に置かれること自体が強いストレスになります。
十分な準備や配慮がないまま対話を強いられれば、
心の傷を深めるだけに終わる可能性もあるのです。
具体的には、まず事前の個別面談(複数回)は不可欠でしょう。
被害者・加害者それぞれに対して感情や認識を整理し、
「対話に耐えられる状態か」を確認しなければいけません 。
「修復的司法」の考え方によると、話し合いへの参加は完全に任意であり、
安心できる環境と明確なルールのもとで行われるべきとされています 。
加えて、訓練された第三者(ファシリテーター)を介在させ、
感情の衝突を調整し、尊重と対話の秩序を維持するのも重要なのだそうです。
要するに「対話させること」自体に価値があるのではなく、
①十分な事前準備、②参加の自発性、③安全な環境設計、④専門的な介入といった
条件がそろって初めて「話し合う」が意味を持つということなのでしょう。
私たちはこのようなとき、つい「子ども同士のささいなトラブル」とらえ、
「ほら、お互いに謝って!」などと簡単に事態の収束を図ろうとしてしまいますが、
それはあまりに短絡的なのかもしれません。
また、「指導」で解決しようとする姿勢も注意が必要です。
例えば、加害者とされる生徒に対して説教して反省を促す一方で、
被害を訴えた生徒にも「反省しているからもう許してやれ」といった言葉をかける……
これらは一見すると教育的な働きかけですが、
問題の本質が人間関係の力関係や心理的圧力にある場合、
こうした対応は的外れになりがちです。
納得しているのは得てして大人だけで、
むしろ、双方の生徒さんに「理解してもらえなかった」という感覚を残し、
信頼を損なうことにつながります。
さらに見落とされがちなのが、「早く通常に戻そう」とする意識です。
授業を止めたくない、他の生徒さんへの影響を最小限にしたいという思いから、
問題を早期に収束させようとしてしまうと、当事者の心の整理がついていないのに、
問題を表面上だけ覆い隠すことになります。
問題を完全鎮火させるのか、燻ぶらせたままのらりくらりといくのか、
という違いと言えるかもしれません。
その結果、後から不登校や退塾といった形で影響が表面化することもあるのです。
だとすると重要なのは
「これは指導で解決できる領域なのか、それとも別の対応が必要か」を
切り分ける視点ではないでしょうか。
すべてを教育的に解決しようとするのではなく、
ときには距離を取る、環境を分ける、第三者を介入させるといった判断も求められます。
実際に学校でも、いじめ問題や保護者さんなどからの過度なクレームへの対応について
スクールロイヤー(専門の弁護士)を活用する動きが見えています。
つまり、問題対応を「教えること」ではなく、「守ること」から始め、
本質的な「問題解決」を図る発想が必要だということでしょう。
塾は学力を伸ばす場であると同時に、
生徒さんが安心して過ごせる場でなければいけません。
その安心が揺らいでしまうと、従来の指導スキルだけでは対応しきれなくなります。
これは、生徒さん同士だけでなく、従業員間にも起こりうる、
人材マネジメント問題として考えることもできるでしょう。
「指導の延長で何とかする」という発想から冷静に一歩離れ、
「これは安全管理の問題である」「心理的配慮が必要である」と考えられるか否か。
この違いが、事態を収束させるか、それとも悪化させるかの分岐点になると思います。
問題が起きたときに、それをどの領域の問題として捉え、どのように扱うか。
すべてを教育的指導で対応してしまうことのないよう、気を付けたいところですね。
【今回のまとめ】
・学習指導とトラブル対応は異なるスキルと認識する
・すべてを「教育」で対応しようとすると悪化する場合も
